しつけばかり急いでいますですから

育てのためにも

ですから、育ちは完全に理想的でなければならないとは言えないわけですが、しかし、人のこころをあまりにも苦しめる育て方は避けるべきだと思うのです。言いかえれば、自分が自分であることがしっかりとつかめていない、すなわち自分の存在に自信のないようなこころに育てないことです。この自分の存在に対する自信さえしっかりとつかめているこころであれば、人はそれぞれの環境に応じてそれぞれの工夫をしながら、自分の人生を切り開いていくものです。ここ四十年余り、この前のはじめで述べたようなよくない育児法の知識で子どもを育ててしまった方も多いはずです。次に述べる抱いて母乳で育てることの大切さについても、「そんな簡単なことならいくらでもしてやれたのに、もっと早く知っていればよかった。遅きに失した」と思われるかもしれません。それでもくやんだり反発するだけでなく、前向きな姿勢でこの育児の話を読んでください。幸いなことに、大人になってからでも人の性格はかえられるものなのです。後のところではそのような症例も随所に記しました。人は何歳になっても、よく生きることをあきらめてはいけないものだと、痛切に感じています。

  • 子どもにしてしまうことに気付いていなかったのですその子どもは
  • 幼児をせき立てたり
  • 子育てをするのか?

 

子育でそんなに影響があるのか

誰かの評価に惑わされず、自分の経験で自分の感想をハッキリ言える人こそ、自分で判断出来る人なのです。因みにテレビゲームも脳の発達を阻害します。特にコミュニケーション能力が低下します。理由は簡単、テレビゲームには交代の精神が養われません。例えば、対戦ゲームなどは数人で遊べますが、同時に遊んでいます。
育ての刺激の基本は繰り返しですから

それでは未熟な交代精神のままで、自己抑制は身に付かないのです。経験の積み重ねはとても重要です。習っただけ、調べただけの知識は、いざと言う時にその知識に自信が持てません。自信が持てないので、失敗したら如何しようと、不安が先立ち中々一歩が踏み出せなくなってしまいます。しかし多くの経験を積み、多くの失敗を重ねていれば、リカバリを習得します。

 

お父さんに質問されることが楽しみになってきます子供も

また次はどのように発展させていこうか、次は誰を仲間に入れてやろうかと相談をして一日が終わる。メンバーがお習い事や塾で来れないときには、その代わりを他のメンバーがすることで、それぞれの仕事の大変さも知り、そのメンバーの持っている特性を改めて認めることにもなる。そうやって、みんなで知恵と体力となけなしの小遣いを出し合って、作り上げられていく基地と仲間の結束は、ある日突然解体される。そう、大人が子どもたちのしていることに気付いたのだ。大人からみると、その基地はいつ崩壊してもおかしくないくらいに頼りなく危険で、大人の目を盗んで子どもたちががこそこそと何やらしていることが気に入らない。

もし子どもたちが怪我をしたり、小火でも起こして近隣の住民に迷惑を掛けることになれば、大人は監督責任を問われることになり面倒だと思う。そして、自分たちの責任を回避するために大人は、その危険な砦を親や学校の権限という理不尽な暴力で蹴散らしてしまうだろう。そして、子どもであることの無力さを感じて、子どもたちは大人の理不尽さに怒りを覚える。早く自分も大人になりたい。大人になったら、自分の親や先生たちのように、保身のために人の楽しみを理不尽にも踏みにじるような人間にはならないと誓うのだ。子どもからすれば、ら、当然の思いだ。