しっかりと甘えさせてもらった子どもは

子どもの化学的好奇心の芽を摘まないように

いきいきとした活動があれば、必ずといってよいくらいするものです。私のいうすすめ」の意味です。その点で近頃の子どもは、わずかなけがでも大騒ぎをします。「そんなけがは、なめておきな!と言います。すると「ばい菌がからだに入ったらどうする」などと、年寄りが言うような文句を言うのです。「平気、平気」と私。しかし、遊びが一段落ついたところで、私は、子どものけがの手当をし、自分のけがも消毒はしておとにかく、小さなけがにこだわるために、からだを張って遊ぶ子どもが少なくなり、私の前腕のけがの数は年々減少してしまいました。意欲のない子どもが増加しているのです。意欲のない子どもは、これからの人生で、困難に出会うと挫折しやすい子どもになりがちです。それの現れの一つは、登校拒否児で、その生活史を検討してみると、親によって「わく組」にはめられたり、過保護を受けることが多く、自分で自分の問題を解決する力の弱いことがわかります。つまり、自発性の発達が遅れているのです。親たちは、幼いころからおとなしく、大人の言うことをよく聞き、手がかからなかったといい、それが「よい子」だと思っていたのです。

  • 幼児たちの情報の多くは親から受けていました
  • しつけまで学校にお
  • 子育てに自信が持てない楽しく

 

育てていくことが必要です例えば1歳半の

それに一つ一つつき合っていたのでは、自発性などは発達しません。遊びの体験·生活の体験どのように子どもとつき合ってきたか体験を通して学ぶ-という教育上の重要な課題を考えるとき、まず頭に浮かぶことは、幼児教育について語る人の体験です。幼児教育について語っている研究者や実践家が、どのように幼児とつき合う経験をしているかが、その人の言っていることや書いていることに反映されているからです研究者の中に、内外の文献を広く読み、述からはその人の頭のよさはわかっても、それを巧みに理論的に構成して論述している人がいますが、感動に値するものはほとんどないといってもよいでしょう。また、実践家の中に、幼児とのつき合いの体験を書いている人もおりますが、それが表面的なつき合いであるときには、子どものいきいきしたイメージが伝わってきません。町で売られている保育雑誌に書かれたものには、そうしたものが多く、とくに研究者の書いたものは理論的に構成されてはいますが、理論に押し流され子どもの本当の心とは程遠いもののように思われてなりません。
子どもの心身の健康と賢い脳を手に入れましょう

それに比べて、子どもと深くかかわってつき合っている研究者や実践家の論文は、ともすると理論的な構成が弱かったり、あるときには直観的·情緒的な表現が多いのですが、しばしば感動的であり、子どものイメージがいきいきと伝わってきます。私が幼児の研究を始めたのは、昭和二十年代の前半ですが、そのころは、研究ということにこだわって、子どもとの深いかかわりのないままに、かなり手際のよい総括をしたり、統計的な処理にもとづく結果を出して満足していましたそれに鉄槌を下してくれたのが、あるすぐれた保育所の女性の園長でした。の結果をその園長に見せると、それを一読したあと、その先生はその園に協力してもらった研究本当に子どもかしら。もっと子どもと遊んでみてよ」と言われたのです。研究の結果を子どもとともにする生活にしてみると、それがいかに子どもの本質からかけ離れた研究であるかということがわかるだろう-というのです。

 

教育になるのであるすでに再三にわたってのべているが私は

子供の時に、これらの段階をしっかりとマスターしていれば、大人になって仕事を覚えるのも、同じ手順ですので習得が早いと考えられるのです。逆に、これらの段階をマスター出来ていなければ、仕事を習得する時に応用すべき物が無いので、習得に時間がかかると考えられるのです。親の有るべき姿は、「親」と言う漢字その物です。親と言う漢字は「木」の上に「立」って「見」ると書きます。漢字からすると、子供同士の事に親がしゃしゃり出て来る親は親ではないのです。

コミュニケーションコミュニケーションにとって最も大切な物は「言葉」と思われがちですが、言葉ではありません人間の成長過程から考えると「䒾㦉のHARリ」で書きましたが、赤ちゃんは言葉より先に「表情と声のキャッチボール」で母親とコミュニケーションを図ります。言葉はその後に習得しますので、言葉は表情と声のキャッチボールの進化系なのです。その表情で、最も大切なのは「笑顔」なのです。何も分らない赤ちゃんでも母親の笑顔に反応しますし、母親の笑顔に笑顔で応えます。何故、笑顔なのでしょう?笑顔とは人間にとってどんな意味を持っているのでしょう?笑顔の起源を知るにはチンパンジーの表情の研究に答えがあります。